『ある企業のあやまち』
Lecture3 ある企業のあやまち
ベンサムの功利主義の中心となる考え方である「効用の最大化」、つまり最大の喜びをもたらすものこそ最善である、という論理をさらに具体的に考える。「すべての便益の合計から、代償を差し引いたとき、幸福が苦痛を上回るだろうか」というこの論理は、「費用便益分析」という名で、昔から企業や政府でよく使われてきた。サンデル教授は、事例をいくつか挙げる。政府がたばこの消費税率を上げようとした時、あるたばこ会社は費用便益分析を行い、「政府は、国民の喫煙によって得をする」という結論を出した。1970年代には、アメリカの自動車メーカーが、人の命に値段をつけて、リコール問題における費用便益分析を行った。多数派が残酷で、卑劣であっても、私たちは常に多数派の幸福をより重視すべきなのだろうか?すべての価値をお金のような共通の基準を用いて足し合わせ、比較することは可能なのだろうか?
ハーバード白熱教室 Justice with Michael Sandel
◆ 便益の合計(Total Benefit) — 代償(Cost) > 苦痛(Pain)
Sandel:
Bentham の功利主義 (Utilitarianism) は、一般的福祉を最大化し、快楽が苦痛を上回るようにする"効用の最大化" (Maximise Utility) にある。
人は苦痛と喜びに支配されていると考え、だからどんな時も喜びを考える必要がある。
社会や共同体は個人の集まりである以上、政策や法律、正しい行いを決める時、人は問いかける。
全ての便益の代償を差し引いたとき、幸福が苦痛を上回るだろうか?
便益の合計 ― 代償 > 苦痛となるだろうか?
企業は昔から費用便益分析 (Cost-Benefit Analysis) という功利主義を行ってきた
チェコで煙草の消費税率を上げる提案があった時、アメリカの煙草会社がチェコにおける煙草の費用便益分析を行った。
その結果、チェコ政府は国民の喫煙で得をすると結論づけた。
◆ 国民の喫煙の費用便益分析
費用
医療費の増加
便益
税収の増加早期死亡による医療費節約
早期死亡による年金節約
早期死亡による高齢者用住宅費の節約
※市民が喫煙した場合の純利益は1憶4700万ドルで、
早期死亡により1人あたり1,227ドル節約出来ると結論づけた。
しかし、これらの計算には命の価値が抜け落ちていると批判されタバコ会社は謝罪することとなった。
70年代に存在したFord 社の PINTO という車には燃料タンクの位置に問題があった。
後ろから衝突事故を起こすと車が炎上してしまう。
メーカーは燃料タンクの問題を把握していたので、保護シートを装着する改善費用を便益分析した。
これは当時の裁判の資料として実際に提出された。
◆ 車のリコール費用便益分析
費用
1台11ドル*1250万台
=1億3,700万ドル
便益
死者180人 * 200,000ドル
負傷者180人 * 67,000ドル
修理費2000台 * 700ドル
=4,950万ドル
※この分析から、欠陥を放置したため、裁判では多額の賠償金を支払うことになった
● これは命の価値をドルに変えて換算した功利主義といえないだろうか?
学生A:
煙草会社の便益分析と同様である。家族の苦痛を考慮していないので、もっと被害額がある。
Sandel:
愛する人が失われるのに20万ドルでは安すぎる?
学生A:
金額が低すぎることではなく、命の価値を数字に表せない。
学生B:
インフレを考慮して現在なら200万ドルにするべきだ(笑)
命の価値は何らかの数字で表すことは出来る。
Sandel:
(リコールを行うかなど)何かの決断にそれは必要であるというわけだ。
学生C:
費用分析をしないと企業は潰れてしまう。
倒産してしまったら、より多くの人が不便を被り、不幸となる。
Sandel:
年間2000人の人が運転中の携帯電話の通話で事故死している。
ハーバード大学リスク分析センターの分析によれば、
運転中通話を行いもたらす便益と、失われる命の価値はほぼ同じと結論づけた。
運転中に商談すれば、時間が節約され、経済効果が産まれるからだ。
それでもなお、命の価値をドルに変えることは、間違いだと思わないか?
学生D:
もし、大多数の人が携帯電話を使って、その利便性を最大限に活かしたいなら
それは仕方のないことだと思う。
Sandel
企業が行った費用分析は、功利主義の考え方の一つにすぎない。
● では、功利主義の考え方に賛成だろうか、反対だろうか?
賛成: 少数派
反対: 多数派
・ 功利主義への反対意見
学生E:
少数派が軽んじられていることが問題である。
Sandel:
つまり少数派への効果を心配していると。面白い意見だ。
学生F:
でも、多数派は数が上回っているだけで個々の価値は同じだ。
人々の意見を集計した結果、多数派が採用されたのは、より大きな幸福のためである。
Sandel:
例えば古代ローマでは、ローマ人の娯楽のためにキリスト教徒とライオンを戦わせていた。
その様子を見て楽しんでいるローマ人の幸福は、キリスト教徒の苦痛を上回るだろうか?
学生F:
それは過去の話だが、現在ではローマ人の幸福は認められないと思う。
Sandel:
しかし、最初の君の意見を突き詰めるとそうなってしまうよ。
学生F:
食べられた船員のように、多くを生かすために少数派を殺すのはおかしい。
Parker にも生きる権利はあったはずだ。
少数派の権利は、効用のために犠牲になるものではない。
◆ 功利主義 (Utilitarianism) への反論をまとめる
・最大多数の最大幸福のため、少数派個人の権利が尊重されていない全ての価値と好みを集計することは不可能だという意見に対して、Thorndike は全ての価値を一律で表すことは可能であるとした。
・全ての価値と好みを集計することは不可能である
彼は生活保護を受ける若者を対象に不愉快な行為のリストを渡し、いくらのお金でそれらをやるかアンケートした。
順位 行為 金額※(大恐慌時代は歯を抜くぐらいで金をもらえるのであれば誰でも抜いた。)
1. 余生をカンザスの農場で過ごす 300,000ドル
2. 15センチのミミズを生きたまま食べる 100,000ドル
3. 歯を抜く 4,500ドル
これを受けて Thorndike は、
"望みであれ満足であれ、ある程度存在していれば何でも測定出来る"とした。
果たして、
・ すべての価値を同じ尺度で測る Bentham の功利主義的な考えは正しいのか?
・ それとも人が重んじていることは、命であれカンザスであれミミズであれ、
一律の価値基準は当てはまらないのか?
・ 後者が正しいとなれば、功利主義の道徳原理は壊れてしまうのか?
それらを検証するためには、Jerremy Bentham と John Stuart Mill のいくつかの著書を読まなければならない。
◆ 功利主義と経済と命の問題
便益分析の例では、人が死んでも費用がかからないならそれで良かった。
経済的に考えると、人はいかに極端になりおかしくなるか。
その考えの中心にある功利主義の問題を提起したのではないだろうか。
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