『サバイバルのための殺人』
Lecture2 サバイバルのための殺人
サンデル教授は、19世紀の有名な訴訟事件「ヨットのミニョネット号の遭難事件」から授業を始める。それは、19日間、海上を遭難の後、船長が、乗客が生き残ることができるように、一番弱い給仕の少年を殺害し、その人肉を食べて生存した事件だった。君たちが陪審員だと想像して欲しい。彼らがしたことは道徳的に許容できると考えるだろうか?この事例を元に、哲学者、ジェレミー・ベンサムの功利主義「最大多数の最大幸福」についての議論を戦わせていく。
ハーバード白熱教室 Justice with Michael Sandel
Sandel:
前回の論争の内容から二つの見方がわかった。
前回は個々のケースを判断することから始め、その判断の背後にある理由・原理をはっきりさせようとした。
別のケースを検討する際には、原理を再検討し、他の原理と照らし合わせ見直した。
すると、それぞれの判断や見直した原理を、整合がとれたものにしようとする無意識の圧力が働くことがわかった。
行為の道徳性を行為の帰結により判断する傾向にある
→帰結主義 (Consequentialist)
行為の道徳性を帰結ではなく内容の性質が大事とする
→無条件的原理 (Categorical)
Bentham の功利主義 (Utilitarianism)帰結主義者の道徳理論の中で最も影響力のある Bentham は、
-最大多数の最大幸福-
("the greatest happiness for the greatest number")
功利主義の道徳理論に、初めて明快な、系統だった説明を与えた。
彼の考える正しい行いとは、効用を最大化させることであるとした。
人は苦痛より快楽、受難より幸福を求める。
だから道徳性もそれに基づくべきである。
効用とは、幸福や喜びである。
人生の選択、何をするか、法律はどうあるべきか、何が正しい行為か、
について個人・全体で考えるとき、
全体の幸福を最大化するやり方で行動すべきだと考えた。
◆ 19世紀イギリス ミニョネット号沈没事件
ミニョネット号は海難事故にあい沈没、生き残ったのは4人。
船員の、Dudley、Stevens、Brooks、給仕のParker。
Parker は、孤児であり、17歳と最年少だった。
食料が尽きて久しく、とうとう Parker は制止を振りきって海水を飲み、衰弱死しかけていた。
飢え死にしかけた頃に、Dudley はくじ引きで誰か一人を殺して食べようと提案した。
しかしBrooks がそれを拒否、結局くじ引きは行われなかった。
そしてある晩 Dudley と Stevens は結託、Brooks に目を背けさせ Parker の頚動脈を切り殺害。
Brooks も含め3人で Parker の血肉を食し、生き延び、救助された。
しかし彼らは殺人の罪でイギリスで裁判にかけられた。
法律は横に置いておき、
● 生き延びるために人を殺して食べた行為は道徳的に許されるだろうか?
道徳的であり許される: 少数派
非道徳的で許されない: 多数派
・多数派の意見
学生:
道徳的に非難はされるが、必要性の程度が有罪を免除するケースである。
生き残って、その後大規模なチャリティ活動に従事したとしたら、
社会は大きな幸福を享受出来るのではないだろうか。
そうであれば、功利主義的に正しい行為だ。
・ 少数派の意見
学生:
人が人の命を奪う権利はない。
でも、Parker の同意があれば違ってくるかもしれない。
● 同意があれば行為は正当化されるだろうか?
正当化される: 増加
正当化されない: 減少
正当化されると考えた人が大きく増加した。
● 何故同意があれば正当化されるのか?
犯行にたらしめたのは、自分の命が彼の命より大事としたことだ。
彼が殺されることを彼自身が知らなかったこと が問題であった。
適正な手続きを踏めば問題なかった。
Parker に同意を取り付けたり、くじ引きを行っていたりすれば、
つまりは、同意があればあるほど許されると考える人が増えた。
● 適正な手続きがあれば許されるのか?
学生A:
でも殺人は殺人だ。例外はない。
Sandel:
彼らに家族があってもそうだろうか?
Parker は孤児だったが、他の船員には養うべき家族がいる。
Parker を殺す事で、彼らの家族もまた幸せになるのではないだろうか?
● それでも殺人は誤りだとするなら、Bentham の功利主義は間違っているのだろうか?
学生A:
自分をより良くするために殺すのは許されない。
Parker だって生きる権利があったはずだ。
これは権利の侵害である。
Bentham の功利主義は間違っている。
◆ ミニョネット号の事件の見解をまとめる
1. 彼らは必要な行為をした。仕方がないことだ。
2. 公正な手続きを経れば良い。
(一人ひとりが平等に扱われるべきである。その結果誰かが犠牲になっても)
3. 同意を得られれば良い。
4. 殺人は殺人。無条件原理的に彼らは間違っている。
(殺人が無条件的に誤っている理由を考える必要がある)
◆ これらの見解からいくつかの疑問も生じる。
1. 殺人が正当化されないのは Bentham の最大幸福からでないとすれば、
そのある種の基本的権利 (fundamental rights) はどこからくるのか?
2. 公正な手続きを踏めば、正当化出来るのか?
3. 同意(consent) が行う道徳的な働きとは?
同意が道徳的違いを産むのは何故か?
命を奪う行為が、同意があれば道徳的に許されるのは何故か?
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